時間についての考えと、「時間は未来から過去へ流れている」を考察する

時間

どうも、ルーです。

今回はたまたま目にした

「時間は未来から過去へ流れている」

ということについて考えたことを書いていきます。

  • 本当にそうなの?
  • うわ~うさんくせー、で、どうなの?
  • いや、何言うとりまんねんかんねん
  • あー、わかるわかる

などなど、時間について興味がある人は、一考えとして参考にしてみてください。

たまたま目にしたのは時間は未来から過去に流れてることを意識できているか?です。

へー、と感心する一方で、ん~、となにか頭に引っかかりを感じる内容でした。

なるほどなーと思う中で、全部には納得していないって感じですね。

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そもそも時間というものに対して俺が思っていること

 

考え

時間に対して俺が思ってることは「本来、時間なんて存在しない」です。と思いつつのあろうがなかろうがどっちでもいいです。

しいて言うなら、ハードディスクやSSDの容量みたいなものだと思ってます。要はスペースです。

なぜ人は時間があると考えているのか

これについて思い当たることを挙げていきますね。

  1. 太陽が沈むと月が現れる、昼と夜がある
  2. 日にちというものさしがある
  3. 時計というものさしがある
  4. 生物も物も朽ちていく、老化・老朽化
  5. 物体の移動(川の流れ)などがある

他にもあるかも知れませんが、これらの現象、物事の移り変わりと時間をただ関連付けているだけというか、錯覚に陥っているというか。そんな感じに思っています。

本来存在しないものを、人間がいつ何をしたかを理解できる形に分断し、パッケージングするために作り出した方法が時間だと思います。要はものさしです。

例えば、言葉だって何かを切り取る、パッケージングするための道具ですよね。

りんごという言葉でりんごという物体をパッケージングしないと理解できないのが人間です。

つまり人間は差を理解する、そして差で理解する生き物ということですね。

つまり人間あるところ差別ありなので、良い意味でも悪い意味でも差別がなくなることはないです。

なので同じ差別なら気持ちのいい差別してこうぜ!って感じです。無理ない範囲で。

お前のこういうとこ、ええな~。とかね。

ってなわけでちょっと脱線しましたが、以上が俺の時間に対して思っていることです。

「時間は未来から過去へ流れている」で引っかかるところ

Question

時間は未来から過去に流れてることを意識できているか?からちょこっとだけ引用させてもらいながら書いていこうと思います。

時間の流れは川の流れと同じです

上流(未来)から下流(過去)に流れていったものはどうにもできません

だけど未来に向かって夢(目標)を投げればその夢はいつか、上流から今いる所に流れてきます

後はその夢を掴むだけ

未来を向いて夢を投げ続けましょう

はい、まず漠然とですがしっくりこなかったのがこれですね。なるほどなーと思いながらも、んー?。となりました。

まず、時間が未来から過去に流れていくものならば、

ボールを未来に向けて投げる。ということ自体が未来から流れ着いたものでなければならないということです。

あと、これは屁理屈になりますが、今の時点でボール持ってんならわざわざ未来にボール投げんなや。とも思うわけです。ボールを拾う手間が省けるからです。

そして「今」から未来に向かってボールを投げれるなら、それは未来から見れば、過去から未来を操作可能ということになります。

ニュアンス的には未来の川の流れ、川の形を変えるみたいな感じですね。

それは今を起点(原因)とした未来ということになります。時間が未来から流れるならちょっと無理があるかなって。

つまり時間の流れとしては、

未来→今→過去ではなく、

今→未来→今→過去になるわけです。

今から未来へ流れ、今に戻り、過去に流れる。みたいな。

言ってることとしたら矛盾してるのかなって思います。矛盾してもいいんだけど。矛盾=悪ではないからです。

 

ただこういった考えを取り入れることで、過去に引きずられて自分を表現できない状態から抜け出すことができるなら、存分に使っていいと思います。

過去から抜け出す処方せんとしては満点ですね。

 

はい、ここでですね1つ書きたいことができたので書きます。

過去から抜け出すと書きましたが、時間が本当に未来から流れているものだとするなら過去に囚われることなどないと思いませんか?

常に未来に囚われている状態じゃないとおかしいと思うんです。だって未来から時間は流れてくるんですから。

次はなにが来るんだろー。あードキドキするわーって。例えるなら流しそうめんみたいに。でも大半の人は過去→未来に時間が流れると思ってるのでそうはならない。

電車

時間を電車に例える。ぼくがホームで電車を待つとする。電車が通過するまでの流れは、

未だ来ず

ホームを通過中

過ぎ去る

漢字の通りにいくと、やっぱり時間は未来から過去に向かって流れている?

例えば俺が↑を解釈するなら、ああ、過去も未来もなく、ただ、今があるだけなんだな。と思うわけです。

つまり時間に対する考え方は人によって過去→未来にも未来→過去にも、ただ今があるだけにもなるわけです。つまり時間は錯覚ですね?(強引)

 

反論としてありそうなのは、それは過去という時間じゃなく、過去の出来事に囚われてるだけだろう?と考える人もいると思いますが、

じゃあ過去の時間ってなんですか?とお聞きしたい。何をもとに過去の時間と言っているんでしょう。物事の移り変わりや出来事じゃないですか?

昔を思い出してくださいといったらあなたは何を語りますか?昔はこうでさ~。とか前はもっと涼しかったよね。とか語ると思います。

それってなにか物事の移り変わりのことを時間が経ったとこじつけているだけですよね?

今年ももう5月ですね。で時間が経っていると錯覚しちゃうというか。ただの数字とある程度の間で。逆カレンダー作ったら時間戻りますね。

あるいは時計の針の刻みですか?それなら針を戻せば時が戻るということになります。

つまり、日付も針の刻みも時間が流れているという理由には使えないわけです。

ストップウォッチで、00:00から00:10になったら10秒経つことにします。という後付けの決めごとに過ぎないと俺は考えています。

老化が時間のせいなら今すぐ数字を捨てたほうが良くないですか?そうすれば不老になれますし。

時間の概念持っていないであろう犬や猫などの動物も老化します。つまり時間は関係ないです。たぶん。

ってなわけで最初に書いたように、時間は人が物事や出来事を理解するためのものさしであり、パッケージングツールだと思っています。

 

後は簡単にざっくり書いていきます。

過去の振り返りはいらない。常に理想の未来をイメージしながら行動しろ

これについては時間とか抜きにして俺もそう思います。今起きた出来事に対して愚痴るだけか、それともどうしたいのか望みを明らかにしてプレイするか。

両方でも良いと思いますが、どうしたいのかは考えたほうがいいんじゃないかと。

時間

現代の時計は時刻が固定されており、針が前に進んでいきます。これは、過去から未来に進んで行く(時間が足されて行く)考え方。

しかし日本では江戸時代まで針が固定されており、逆に時刻が刻まれた文字盤が動くという「未来から過去に時間が過ぎて行く」という考え方だったのです。

これに対して思うことは、時間はものさしとか言ってる通り、ただの目安、目印だと思います。意思疎通ツールというか。

西洋の時計だろうと日本の時計だろうと、ここ指したら集まろうずぇ。というだけの道具かと。時間云々は関係なくただの目印。

 

最後に言いたいことがあるとするなら、時間は未来から過去に流れてることを意識できているか?にある未来と過去という言葉を、出来事という言葉に置き換えても話がわりと通るっていう。

つまり、時間は出来事から出来事に流れてることを意識できてるか?になるわけです。どうでしょう?なんとなく意味通じますよね?

つまり未来を見てるんじゃなく出来事を見ているのでは?

リンク先でも置き換えて読んでいくと新たな発見があるかも知れません。うわっ、通じる!とか。

 

ちょっと自分でも何いってるかわからなくなってきました。

中途半端ではありますが今回は以上です。

個人的には時間とやらがどう進もうがやりたいことやるだけです。

最後まで読んでくれてありがとうございました。

では良いスペースライフを。

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